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Secret Garden 太陽の香り (東京マグニチュード8.0 より) 
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太陽の香り (東京マグニチュード8.0 より) 

誰得+原作汚しなので、心が広い人だけスクロールして読んでください。


※設定は合わせていますが、細部の心情等は食い違っている点もあると思うのでご了承ください。
また、いつものエロ系の話しでもありません。




























































































~太陽の香り~

2013年7月。高校受験を控えた3年時には不適切ということで、1年早まった修学旅行。でも、本気でさらに一流校を狙ってる生徒は多分来ないと思うけど…そうそう、行先は沖縄。パパとママと…そして悠貴と一緒に行った沖縄。

「はぁ、なんで沖縄かなぁ…まぁ、無難って言っちゃ無難だけどさぁ…」

緑色のバックを片手に持ち、友人達との会話を楽しみながら空港のロビー内を進む未来。しかし、内心ではこの修学旅行に少し気が乗らない様だ。その理由は、沖縄という地が1年前に死に別れた弟の悠貴と、4年前に家族で訪れた旅行先だったということが関係しているのだろう。

「あっ…」

空港の外に一歩踏み出した瞬間、常に湿気のある特質な沖縄の空気が未来の身体を包み込む。それに未来は表情をハッとさせ、思わずその場に立ち止まった。

確か、家族で来た時もこんな感じで…悠貴が私に…

「うわぁ、なんか東京の暑いと違うねー!」

「何が?」

「んー…ベトベタ!」

「はぁ?まぁ、確かに少しべたつく感じはあるけど、アンタのベトベタって表現は…」

悠貴とのやり取りが鮮明に蘇った。そういえば、あの日もこんな天気で…悠貴…

「未来?」

「あっ…」

ピクリとも動かなくなった未来を心配し、二人の友人が未来の身体を揺さぶりながら声をかける。

「もぉ、さっそく暑さにやられちゃったの?この程度でバテたら観光できないぞ~」

「…そ、そうだよね。まいったなぁー」

そう言いながら愛想笑いを浮かべる未来。

「どうかしたの?」

「いや、大丈夫!平気だよ!」

せっかくの修学旅行、私の一言で台無しにはしたくない。だから悠貴のことは言わずに、その場を笑って誤魔化した。でも、多分一人だったら泣いていたかも…

その後、未来達は待っていた観光バスに乗り込み、予め学校側の定める身内で来たなら絶対に立ち寄りそうにない微妙なチョイスの観光地をグルグルと回る。しかし、それが不幸中の幸いというべきか、家族で過去に訪れた場所に立ち寄ることは一度もなかった。そして、予定の場所を全てめぐり終わると、未来達を乗せたバスは初日の宿泊地のホテルと向かう。

(いい加減にしないと、悠貴に怒られちゃうかな…)

宿泊地に向かうバスの中、窓際に座る未来は虚ろな表情で黄金色に染まった夕暮れの空を眺めながら、依然として悠貴のことを脳裏に思い浮かべる。

案の定、始めから気乗りしない沖縄旅行に加え、空港でのフラッシュバックですっかり滅入ってしまった未来は、表面上は明るく振る舞っていたものの内心では心から修学旅行を楽しめず、出来ればさっさと東京に帰りたいという心情に陥っていた。




「ここってさぁ、なんか出そうじゃない?」

二日目は本島から離島し、早朝から別の島の海辺にある民宿に移動していた未来達。前日のホテルとは違い、海が目の前と立地はいいのだが、少し薄汚い印象のある慣れない民宿に同室の友人の一人が何かでそうだと言い出す。

「出るって?家のおじいちゃん家はもっとなんか出そうだよ」

そう笑って言い返えすもう一人の友人。

「Gよ!G!」

「G?」

「ちょっとやめてよ、本当に出たらどうするのよー」

窓辺にうつ伏せになり、そこから広がる風景を眺めながら二人の会話に割って入る未来。

「未来、Gって?」

「…っ!!」


……えっ…今のって……そんな……悠貴?


ふと、見知らぬ街の一角に目を落とした時、視界に入った一人の少年の姿。その瞬間に未来の全身に電撃のようなモノが駆け巡り、未来にはその少年が去年の第二次関東大震災で失ってしまった弟の悠貴そのものに写った。未来はしばし無言でその少年を凝視すると、バッとその場に立ちあがって自室を後にしようとする。

「未来?ちょ、何処行くの!これから3人で…」

「ごめん、先に行ってて!後から追いかけるから!」

急に部屋から立ち去ろうとする未来に対し、何事かという様な表情で未来を呼びとめる友人達。しかし、未来はその友人達の方に振り返ろうともせずに簡単な謝罪だけ残して足早に部屋を後にした。

「未来!」

残された友人達は、突然の出来事に状況が理解できずお互いにポカーンとした表情で顔を向き合わせる。


悠貴?そんな…でも、あれは確かに…私が見たのは間違い無く悠貴だ。私が見間違えるハズがない!だって、だって…あれは悠貴なんだもん!

慣れないサンダルで我武者羅に見知らぬ道路を駆け抜ける未来。傍から見れば既に死んでいる悠貴の面影を見せる少年を探し歩いているという痛々しいとしか思えない光景なのだが、沖縄にやって来てから心の底に封じてあった、悠貴への向けるべき先も無い思いが溢れだしていた未来には、些細な刺激でも感情を爆発させる切っ掛けになっていた様だ。

「はぁ、はぁ…どこ…何処に居るの悠貴…」

必死に少年を追い続ける未来。やがて、少年がついさっき歩いていた場所までたどり着くと、そこからさらに悠貴の名を口にしながら走り始める。

「待って!ねぇ!悠貴!悠貴ぃ!」

何処にも居ない…さっきまでここに居たのに!悠貴が居たのに!なんで…なんで…

「はぁ、はぁ…待って…悠貴」

民宿からどれほど走ってきたのか分からなくなる様な場所まできて、ようやく力尽きた未来。ジリジリと太陽の光が照らす道路の上で、小声で悠貴の名を口走りながら呆然と立ち尽くす。

「悠貴…」

「どうかしたの?お姉ちゃん?」

「!」
(……ゆ、悠貴なの?)

ふと、背後からする声。疲れ果てて朦朧とする意識の中、微かな望みをかけて声のする方に振り向く未来。そして振り返った眼前に居たのは…



「っ!…悠貴………じゃない……」


未来の目の前に居る少年は、確かに体格などどことなく雰囲気が悠貴に似ているものの、未来の知っている悠貴とはあきらかに別人だった。未来は追いかけていた少年が悠貴でないことをその目で確認するや否や、バタリとその場に力無く座り込む。

悠貴じゃなかった…当然だよね…でも、確かめずには居られなかった…沖縄に来てからずっと胸が苦しかった…でも、何も変わってないのになんだか少しスッとした気がする。この子が少し悠貴に似てるからかな…喋り方とか。

「えっ?」

急にその場に座り込むや否や、自分の方を見ながら笑みを浮かべる未来に困った顔を浮かべながら少し驚く少年。

「ご、ごめんね。急に倒れたりしちゃって」

しかし、直後に見せた未来の笑顔に少年は安心したのか、未来を気遣って話しかけてきた。

「ねぇ、誰か探してるの?」

「それは…」

少年の問いに言葉を詰まらせる未来。

「悠貴って叫んでたよね。お姉ちゃんの友達?」

「弟なの…」

「そうなんだ。…あっ、そうだ!僕も一緒に探してあげるよ!!僕ね、結構この島のこと詳しいんだよ!」

未来から悠貴の話しを聞くや否や、自分も一緒に悠貴を探すと言い出す少年。突然の少年の申し出に未来は困惑する。

「えっ、それは…」

「悠貴くーん!悠貴くーん!」

未来が返答に困っていると、突然少年は未来を残して走り出す。そして、悠貴の名前をいきなり叫び始めた。

「あっ、待って!違うの…待って!」

それに驚いた未来は、急いで少年が悠貴の名を叫ぶのを止めさせようと少年の後をフラフラになりながらも追い始める。

子供ってみんなこんな感じなのかな…それともやっぱり悠貴に似てるのかな。

先を行く少年の背中に悠貴の面影を再び感じた未来。しかし、先程の様にとりみだす事も無く冷静に前を走る少年を呼びとめながら追いかけた。

「悠貴くーん!悠貴くーん!」

「待ちなさいってば!…もぉ、止まりなさぁーいっ!!」

「!!」

未来が大声でそう叫んだ瞬間、少年の小さな身体がビクンと震え、すぐさま少年の動きが完全に止まった。そして、少年はそっと未来の方に振り返る。

「はぁ、はぁ…」

「探さないの?さっきはすごく急いでたのにぃ…変なの」

息を切らしながら追いついてきた未来に対し、また困った様な顔をしてそう問いかける少年。

「はぁ、はぁ…それは………そ、そうだ、この辺で一番近いバス亭って何処にあるか知ってる?この辺に詳しんでしょう?」

悠貴の話題をズラすと共に、友人との約束のことを思い出した未来は、友人達が先に向かっているハズの施設に向かうべく、地理に詳しいという少年にバス亭の場所を尋ねる。

「バス?それならこの先の海岸が近いと思うよ」

「ありがとう。みんなと合流しなきゃ…迷惑かけちゃってゴメンね!じゃ…」

そう言って少年に別れを告げる未来。しかし、去り際に少年が未来に向かってこう言う。

「お姉ちゃん、あのね…バス、しばらく来ないよ」

「へっ?」

少年の言葉に思わず凍りつく未来。

「2時間に一回だけ来るんだ。もう行っちゃったと思うよ」

「それ本当なの!?…ヤバイ…どうしよう」

先に行っててなんて言っちゃったけど、2時間もバスが来ないなんて…

2時間に1本だけの運行だと少年に聞き、思い込みの勘違いで民宿を飛び出した事を後悔する未来。そんな落ち込む未来に少年が再び問いかけてきた。

「悠貴くん、遠くに居るの?」

「えっ、まぁ…」

理由は分からないが、どうにも執拗に悠貴のことについて尋ねてくる少年。未来は再び曖昧な返事を返す。

「ふぅ~ん。じゃ、僕そろそろ行くね」

「えっ…どこに行くの?」

「えっ?…海岸だよ」

「……お姉ちゃんも一緒に行っていいかな?」

思わず呼びとめてそう言ってしまった私。いくら次のバスが来るまで暇だからって言っても、なんで…出来ればもう少しだけ一緒に居たかったのかな…この子は悠貴じゃないのに…悠貴じゃ…

「うん!いいよ!一緒に行こう!!」

「へっ…ありがとう…」

未来の問いに思いのほかあっさりと万弁の笑みを浮かべながら了承する少年。どうやら少年も未来と同様に時間を余していた様だ。

「そういえば、君の名前は何ていうの?…私は小野沢 未来」

少年と共に道路を歩く未来が、少年に向かって遅れていた自己紹介をする。すると、段差の上を歩っていた少年はその場で立ち止まり、未来に向かって自己紹介を始めた。

「未来お姉ちゃんか…僕はユウタ。西川 悠太だよ!」

「悠太くんかぁ、いい名前だね」

悠太の元気な自己紹介に笑顔でそう言い返す未来。悠太も自身の名前が褒められてうれしいのか、ニッコリとほほ笑んで未来にお礼を言う。

「ありがとう!」

ホント、人懐っこい所も悠貴そっくりだ…そういえば、真理さんと悠貴もこんな感じだったっけ…って、あんまりダブらせちゃ駄目だ…この子は悠太くん。悠貴じゃないんだから…


しばらく道沿いに進むと、悠太の言った通り並木道のある海岸が見えてきた。未来は海岸までの道中、チラッと辺りを見渡しながらバス亭の位置を確認して先に進む。

「悠太くん。少しあそこにある木陰のベンチで休まない?私、少し疲れちゃって…あぁ、でも先にいってていいよ。すぐに追いかけるから」

並木道に入り、砂浜まであと少しと言うところで未来が悠太に少し先に見える木陰のベンチ休まないかと提案を持ちかける。どうやら、先程の全力疾走でいよいよ体力が限界を迎えたようだ。加えて朝からギラギラと降り注ぐ太陽の光にもやられてしまったらしい。

「うん、休もう!…お姉ちゃん大丈夫?」

未来の体調を気にかける悠太。てっきり、ついさっき知り合ったばかりの自分のことなど放って置いて、先に行ってしまうと思っていた未来だが、予想外の悠太の気づかいにまたしても無意識に悠貴の面影を見出してしまっていた。

「大丈夫だよ。でも、ちょっとこの気候が慣れなくってさぁ」

度々、意味も無く私の方に顔を向けてニコニコほほ笑む悠太くん。悠太くんとこうしてると、やっぱり悠貴のことを思い出さずにはいられない…でも、だからってどうなる訳じゃないけど…

「はぁ、それにしても暑い…みんなどうしてるかな。あっ、メールだ…全然気が付かなかった」

徐に携帯をポッケから取り出す未来。思い入れがあるのか、未来の携帯端末は当時のものそのものであり、さらに相変わらずエリマキカエルのクアンパのストラップもプラプラと未来の携帯にぶら下がっている。

「お昼までには合流したいなぁ…」

友人からのメールを受信に気が付いた未来は、慣れた手つきでカチカチと返信のメールを打ち始めた。

「…」

未来の隣でその様子を物珍しそうに眺める悠太。また、未来もすぐにその悠太の視線に気がついて携帯を弄る手を止める。

「どうしたの?」

「誰とメールしてるの?」

「あぁ、友達とね…いきなり出てきちゃったからさぁ…カンカンだよ」

そう言って、友人達からのメールに返信するために再び携帯をカチカチと弄り始める未来。

「いいなぁ。僕も携帯欲しかったなぁ…」

「持ってないの、悠太くん?…お友達も?」

今時、携帯も持っていないという悠太に珍しいと言わんばかりの反応をする未来。
しかし、思い返せば悠貴も携帯を持っていなかった事を思い出す。

そういえば、悠貴も携帯欲しいって…たくさんメールするって…

「携帯は10歳になったらパパが買ってくれるって!でも、僕ね…今はメールとかする友達がいないんだ」

さり気無く友達が居ないという悠太の言葉に、思わず表情を曇らせて携帯を動かす手を止める未来。

「えっ、いないって…誰かに虐められてるの?」

「そうじゃなくて、島に誰もいないんだ…」

悠太の誰もいないという発言に余計困惑する未来。

「そんな、だって学校は?」

「今は行ってない。勉強は「つうしんこうざ」っていうのをやってるんだ」

「あぁ、なんか最近流行ってるよね。新しい学習のなんたらとかで…」

随分前に見たニュース番組の特集を思い出す未来。それは、第二次関東大震災以降にPTSD等で登校出来なくなってしまった多くの児童、又は以前から問題視されていた不登校児童に対する処置として生まれた、画期的な新しい学習指導のガイドラインだった。

「でも、昔はいたんだよ。パパのお仕事で島に来るまでは…」

最初に合った時からそうだと思ってたけど、やっぱり悠太くんはこの島に元々住んでいた子供じゃなかったんだ。親の都合で引っ越しなんて、なんか少しかわいそうだな。

父親の仕事の都合で学校の無い島に引っ越してきたことを知り、そのことを気の毒に感じる未来。

「…悠太くん。お父さんのこと嫌い?」

「そんなことないよ!だけど…昔住んでたとこには戻りたい」

未来の問をすぐに否定しながらも、少し落ち込んだ様子で俯きながらそう答える悠太。
どうやら、父親の振る舞いについては多少の不満があるようだ。

「…け、けどさぁ。ここって気候もイイ感じだし、立地条件はいいんじゃない?」

落ち込む悠太に、なんとなく話しの路線をいい方向にもっていこうとする未来は、辺りを見渡していい所だと悠太に告げる。

「りっち?」

「あぁー住むには良い所ってこと」

「確かに、最初は海とか山が近くに合ってすごいなーって思ったけど、もう飽きちゃったよ…」

「そうだよね…旅行で来てる訳じゃないしね」

もっともな悠太の切り返しに凹む未来。すると、今度は悠太の方が未来に質問を問いかけてきた。しかも、その質問は再び未来の弟の悠貴に関する話し。どうやら、悠太はおそらく同年代だと思える悠貴に先程の理由からか関心があるようだ。

「そういえば、悠貴くん探しに行かなくていいの?ここには居ないみたいだよ」

「うん。でもね、悠貴はすごーく遠い所に居るから会いに行けないんだ」

悠太の質問に、どこか遠くを眺めながらそう答える未来。

「それって北海道とか?ここから一番遠いんだよってパパが言ってたんだ!」

「もっと遠いの…」

「じゃ、アメリカだ!ずーっと、ずぅーっと!先にある別の国なんだよ!」

「もっと、かな…」

悠太くんには悠貴が死んじゃってるなんて言えない。というか、私がその話を口に出したくないだけかもしれないけど…いや、多分そうだ…

「えぇー!それじゃ会えないよー!どうするの、お姉ちゃん?」

知りうる遠方を全て答えた悠太は困った様な、少し悲しそうにも見える顔をして未来を見つめる。

「でもね、いつも側に居てくれるって言ってくれたの…それに、いつかまた会えるから…」

そうだよね…悠貴。

悠太からは見えないが、この時未来は少し涙目になっていた。しかし、全てを理解せずともなんとなく未来の思いを悟った悠太は、ベンチから立ち上がって未来に提案を告げる。

「お姉ちゃん?………そうだ!悠貴くん探さないなら、僕と貝殻探そうよ!」

「貝殻?」

「うん!たまーに凄く綺麗なのがあるんだよ!僕ねぇ、いっぱい集めてママにプレゼントするんだぁ!」

万弁の笑みを浮かべながらそう言う悠太。その一点の曇りも無い、澄み切った青空の様な悠太の態度に少し滅入っていた未来の気分も晴れ、二人は改めて貝殻を探しに海岸にむかうことになった。

「へぇーそうなんだ。それじゃ、バスが来るまで一緒に探そうか」

「うん!」




「凄い…綺麗…」

悠太と共に未来が訪れた海岸。そこにはひっそりと人目に付かない様な小さな砂浜があり、その砂浜にうちあげられている無数の貝殻は、太陽の光に反射して七色の輝きを放つ。また、その神秘的な光景はまるで虹で出来た絨毯の様だった。

「近所の人に教えてもらったんだ。ここは「あなば」って言うらしいよ」

砂浜を目の前にして、少し自慢げな口調でそう言う悠太。

「確かに、ガイドにも載って無かったかも…」

キョロキョロと辺りを見渡しながらそう呟く未来。確かにそこは観光ガイドにも載っておらず、正真正銘の穴場スポットだった。また、悠太の様な子供や観光客が周りにいなこともあって、七色に輝く砂浜は未来と悠太の貸し切り状態だ。

「行こう!」

そう言って未来の手を引っ張る悠太。それに未来は微笑みながら答える。



時折押し寄せる波の音と、心地よい潮風。人気のない海岸と人々の生活音が届かないこの場所は、未来にまるで別世界に居る様な錯覚を与える。

「ここの貝殻たくさん集めると、願いが叶うんだって」

ふと、未来に背を向けながらお目当ての貝殻を探していた悠太がそう呟く。

「へぇー。悠太くんは何かお願いごとでもあるの?」

未来も砂浜と睨めっこしながら、悠太に問いかける。すると、悠太はチラッと未来の方に振り返り、ニカっと笑ってこう答えた。

「うん。ママの病気が早く治りますようにってお願い!あと、ちょっとお願い余ったら友達も欲しい…それと、パパにお休みもあげたい!」

「……」

悠太くんの口から漏れた複数の願い。それは、特別な願いでも無なければ求め過ぎた願いでも無く、普通の人は全部じゃないけど大体もっている様な、一般の人並みの生活も求めるささやかな願いだった。

未来は一瞬黙り込んだ後、悠太に向かってニコっと万弁の笑みを浮かべてこう言った。

「そっか、それじゃたっくさ~ん集めないとね!」

「うん!」

元気な返事で答えると、再び貝殻を探し始める悠太。

「でも、お母さんの病気って大変なの?」

神頼みの様なことをしてまでも母親の病気の完治を願う悠太に、それほど重病なのかと思った未来は、さり気無く悠太に母親の様子を聞きだす。

「うーん…よくわかんない…けど、ずぅーっと病院にいるんだよ。パパは大丈夫って言ってたけど」

重症なんだ…悠太くんのお母さん。ちゃんと治るといいなぁ…

家族を失った痛みを知っている未来は、それが他人事に思えなかったのか、自分のことのように心から悠太の母親が病を克服することを心の中でそっと願う。

「…そうなんだ。早く治るといいね」

「だから貝殻集めてるんだよー。お姉ちゃん信じてないの?」

少しムッとした様なトーンで答える悠太。どうやら、貝殻を集めても願いは叶わないと未来が思っていると受け取った様だ。しかし、現に未来は悠太の言っている事を信じていた訳ではない。焦った未来は慌ててそれを悠太に否定する。

「ごめん、ごめん。そう言うことじゃないの!さぁ、いっぱい集めて悠太くんのお母さんの病気治そう!」

「えっ、お姉ちゃんは悠貴くんのために集めなよ!会いたいんでしょ?それにね、自分で集めないとダメなんだよー」

「…」

子供だなぁと思う時もあれば、やっぱり少し大人びてる悠太くん。貝殻集めに誘ってくれたのも、もしかしたらなんだかんだで落ち込んでた私のためでもあったのかもしれない…

「悠太くん…そうだね。私も悠貴のために集めてみるね」

悠太の気づかいに少し未来は涙目になりながらも、そう言って再び貝殻を探し始める未来。



その後も二人は、誰も居ない七色に輝く砂浜の上で他愛も無い会話繰り返しながら貝殻探しに勤しむ。そして、あっという間の二時間も過ぎて貝殻探しも一息ついた頃、未来の待っていたバスが並木道の奥からやってきた。

「ヤバイ!バスが…悠太くん、付き合ってくれてありがとう!お姉ちゃんそろそろ行かないと…」

「お姉ちゃん?」

静かな海岸沿いに響き渡る独特のエンジン音。停留所まであと少しの位置まで来ていたバスを見つけた未来は、夢中で貝殻を探していた悠太に一声別れを告げ、咄嗟に持ち出していた小さなポーチに拾った貝殻を入れると、急いで先程確認した停留所に向かって走り出す。

「はぁ、はぁ…これを逃したらみんなと合流出来なくなっちゃう」

未来は全速力で砂浜を駆け上がり、並木道の停留所に飛び込むようにして滑り込む。すると、未来の姿を確認した運転手が停留所に止まるためにバスの速度を緩める。とりあえずこれで一安心だろう。未来ははぁはぁ息を切らしながら胸をなでおろす。

「…ふぅ、なんとか間に合った…」

バスがプシューとい排気音を出しながら停車し、前の自動ドアがガラリと音を立てて未来を迎え入れる。未来は顔を俯かせながらバスに乗り込み、ポーチから電子カードを取り出し料金箱にそれをあてる。

「あぁー疲れた…」

「お姉ちゃんー!!」

背後に響く子供の声。その聞き覚えのある声に未来はハッとして背後を振り返る。すると、砂浜の方から悠太が走ってくるのが見えた。

「…?悠太くん!?」

「はぁ、はぁ…こ、これ…」

全速力で走ってきた悠太は、バスにたどり着くころには少し息が荒かったが、悠太は未来に先程まで集めていた虹色の綺麗な貝殻を数枚差し出す。

「でも、これは悠太くんが集めた貝殻じゃ…お母さんのために…」

一度は勢いで受け取った貝殻だが、未来はそう言って貝殻を悠太に返そうとする。だが、悠太は首を横に振ってそれを拒むと、ニッコリと再び微笑んでこう言った。

「いいよ、お姉ちゃんに上げる!それだけあれば悠貴くんにきっと会えると思うし!」

なんで私なんかのために…自分だってお母さんのこと助けたいって思ってるのに…
この時、私の今まで我慢していた感情が再び爆発した。もう、さっきみたく自分では流れ出る涙を抑えることなんて出来なかった。

「悠太くん…でも…これじゃインチキだよぉ…」

ポロポロと涙をながしながら震えた声でそう呟く未来。

「大丈夫。大丈夫だから…」

「えっ…」

そう悠太が呟いた瞬間、悠太はバスの運転手に向かって一礼する。すると、二人のやり取りを見守っていたバスの運転手が悠太の「もういいですよ」という合図に首を縦に振る。そして次の瞬間バスの扉が閉まり、ゆっくりと未来を乗せたバスは動き出した。

「悠太くん……」

未来は、停留所に立って未来に向かって笑顔でブンブンと手を振る悠太を、まるで追いかける様にして無人のバスの中を移動し、後部座席の窓から自身も手を振って答える。

と、次の瞬間。ふと目に付いた停留所の少し奥にあるさっき二人が休憩がてらに座っていたベンチに、見覚えのある人物の姿が見える。



「っ!!…うそ…ゆ、悠貴?」



涙で霞んだ瞳に映る人影。でも、私にはそれがハッキリ悠貴だって分かった。悠貴はこっちを向いて悠太くんに負けないくらいの笑顔で笑うと、再びスッとその姿を消していく。それは本当に一瞬のことだったけど、あれは確かに悠貴だ…

「ありがとう…ちゃんと会えたよ…ありがとう…」

未来は悠太から受け取った貝殻をギュッと胸元で抱きしめてそう呟きながら、どんどん小さくなっていく悠太にその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


この時、後部座席から未来が見た悠貴は幻だったのかもしれないが、その姿は未来の脳裏に決して色褪せない記憶として刻まれたのだろう。





消して十分に満喫できた修学旅行でもなかったが、自宅に帰宅した未来の顔に後悔の色は出ておらず、寧ろ行って良かったという様な顔つきだった。


「未来、その貝殻どうしたの?子供じゃあるまいし…」

荷物やお土産の整理をしていた未来の部屋に訪れた未来の母親が、机の上に置かれた数枚の貝殻を目にしてそう呟く。

「ちょっとね…悠貴にあげようと思って」

それを聞いた母親はハッとした表情をみせ、置いてあった貝殻を一枚手に取りこう言う。

「ふーん……綺麗な貝殻じゃない。…悠貴もきっと喜ぶと思うわ。…ありがとね、未来」

「うん…」

全開の窓から、ゆっくり私を包み込むようにして流れ込む初夏の心地いい風。このまま少し、ベッドで眠りたくなるような心地よさだ…

これは、私が修学旅行先で体験した、ちょっと切なくて不思議な出来事の話。

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